弾圧された宗教に対しては、弾圧者側のほうが卑狸な妄想を膨らませていることが往々にしてあることは、西洋の異端審問・魔女裁判を見てもわかることです。
しかし、立川流が男女の交合をもって真理の表現とし、性的な行法をもって仏の境地に至ろうとしたことは事実です。
そして、その教理のゆえに弾圧を受け、宗教史上から抹殺されたのです。
こうして日本的タントラ仏教の試みは失敗に終わったのであるが、その性信仰はその後も庶民のなかで生き続けており、石門心学や富士講といった民間思想・信仰のかたちで結晶していったのです。
村岡空氏は次のように述べています。
「こうしてみると、江戸時代の性信仰は、真言立川流の潜在的な本有思想(人は凡夫そのままで仏となれるという思想、引用者註)を底流としながら、富士講をはじめ、一時は全国六十五力国、百四十九カ所の謹恩口、世にいう寺子屋において、石田梅岩の流れをくむ石門心学の枢要なテキストとして、『三界一心記』もしくは、春屋繊月補述・松川半山画『三界一心記図会』全三巻(嘉永二年刊)によって、今日でいう性教育、ないしは性信仰にたいする知識が、縷々述べられた歴史事実を認めざるをえないのである」(「性信仰」)。
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