「今は濃い夜霧が、この港の町一面に立こめて居るであろう。
港の町ばかりでなく遠い遠い北海一面を立こめて居るのであろう。
そうしてその夜霧の中を航海して居る船は、灯台の光を見ようとしても霧の深い為に見えず、わずかにこの霧笛の響きをたよりにして針路を定めていることであろう。
其霧笛の響きは一寸途絶えたかと思うと又始まり、途絶えたかと思うと又はじまるのである」
・・・これは俳人、高浜虚子の『釧路港』の一節ですが、たしかにこの街に来た旅人の多くは、この.霧笛の音に旅情をかきたてられるようです。
ここの夏6月から8月に多い濃霧は、釧路沖の寒流の上にオホーツク海高気圧が張り出して来て起る、移流霧というのだそうです。
春4、5月、朝方の街を覆う霧は、内陸部の冷たい空気が温度差のある海に流れ出て起るので、この季節の濃霧は日中になると消えてしまいます。
釧路市内の平年の霧日数は116.3日で、3日に1日は霧笛の音をきくことになります。
旅人にとってロマンをさそう霧や霧笛も、ここに生活する人にとっては、洗濯物が乾かない、押入れの中がかび臭くなる、日照度が少ないので子供の発育に心配だなど、悩みが多いのです。
ここを舞台にした原田康子の『挽歌』の主人公が、左肘の関節硬直に心がむしばまれて行くのも、これと無関係ではありません。
札幌旅行もいいですが、こうした街もいいものですよ。