しかし、1978年の後半から79年にかけて、再び第二次オイル・ショックがおこり、日本の経済はもう一度混乱します。
その混乱のいちばん大きな原因が、日本の経常収支が再び赤字に転落することでした。
そこで輸出を回復させ、輸入を節約する政策がより一層強力に展開されました。
輸出の点では、エネルギーや原材料に依存しない技術集約型の商品がその中心になり、従来の鉄鋼や造船に代わってテレビ、ビデオ、コンピュータなどの情報関連電気機器が主力商品となりました。
他方、少しでも貿易赤字を縮小するため、省エネルギー、省資源の技術開発と節約運動が強力に展開されました。
それまでGNPの伸びに対するエネルギー消費弾性値は2近くであったのですが、たちまちのうちに1を切るようになりました。
1987年には0.5程度になりました。
ここでいう弾性値は、GNPの伸びに対するエネルギi消費の伸びの割合のことで、1より大きければエネルギー消費が大きく、弾力的であり、1より小さければ節約が進行していることを意味します。
こうして貿易赤字を解消しました。
日本の経常収支が本格的に黒字になったのは、じつはそれほど以前からではありません。
その混乱のいちばん大きな原因が、日本の経常収支が再び赤字に転落することでした。
そこで輸出を回復させ、輸入を節約する政策がより一層強力に展開されました。
輸出の点では、エネルギーや原材料に依存しない技術集約型の商品がその中心になり、従来の鉄鋼や造船に代わってテレビ、ビデオ、コンピュータなどの情報関連電気機器が主力商品となりました。
他方、少しでも貿易赤字を縮小するため、省エネルギー、省資源の技術開発と節約運動が強力に展開されました。
それまでGNPの伸びに対するエネルギー消費弾性値は2近くであったのですが、たちまちのうちに1を切るようになりました。
1987年には0.5程度になりました。
ここでいう弾性値は、GNPの伸びに対するエネルギi消費の伸びの割合のことで、1より大きければエネルギー消費が大きく、弾力的であり、1より小さければ節約が進行していることを意味します。
こうして貿易赤字を解消しました。
日本の経常収支が本格的に黒字になったのは、じつはそれほど以前からではありません。