第二次大戦が終わってから、日本の経済はほとんど駆け足で復興から成長を遂げてきたのですが、1970年代に入って、また新しい試練に逢着します。
それは具体的にいえぽ、いずれも国際的な出来事です。
ひとつは通貨制度の改革(固定相場制から変動相場制ヘ)であり、いまひとつはエネルギー問題、すなわち2度にわたるオイル・ショックの発生であります。
この2つの大きな出来事によってゆれ動く経済は、1980年代の半ばすぎまで続いています。
この時代を多くの人は「調整の時代」とか「対応の時代」と呼んでいます。
それでは、「調整」とか「対応」というのは、どのような課題をさすのでしょうか。
それは、新しい通貨制度にいかに慣れていくか、また石油依存の経済体質をいかに変えていくかということで、それまでの日本経済の運用のやり方を改め、経済構造を調整しなければならなくなったということです。
成長率は、それまでの年平均10%という状況から一変し、3~5%程度の成長率に鈍化しています。
それは新しい時代に適応するための調整期間であるという特色を象徴していました。
この調整の時代の余韻は、1980年代の後半から90年代の前半まで続くでしょうが、これから新しい時代が開けるその基礎固めをなすときでもあります。
ここでの特徴は、産業構造が徐々に変わり、経済体制も従来より、より国際的に開放的になっていくということです。
それは具体的にいえぽ、いずれも国際的な出来事です。
ひとつは通貨制度の改革(固定相場制から変動相場制ヘ)であり、いまひとつはエネルギー問題、すなわち2度にわたるオイル・ショックの発生であります。
この2つの大きな出来事によってゆれ動く経済は、1980年代の半ばすぎまで続いています。
この時代を多くの人は「調整の時代」とか「対応の時代」と呼んでいます。
それでは、「調整」とか「対応」というのは、どのような課題をさすのでしょうか。
それは、新しい通貨制度にいかに慣れていくか、また石油依存の経済体質をいかに変えていくかということで、それまでの日本経済の運用のやり方を改め、経済構造を調整しなければならなくなったということです。
成長率は、それまでの年平均10%という状況から一変し、3~5%程度の成長率に鈍化しています。
それは新しい時代に適応するための調整期間であるという特色を象徴していました。
この調整の時代の余韻は、1980年代の後半から90年代の前半まで続くでしょうが、これから新しい時代が開けるその基礎固めをなすときでもあります。
ここでの特徴は、産業構造が徐々に変わり、経済体制も従来より、より国際的に開放的になっていくということです。